ニューラル機械翻訳の恩恵はどこへ向かうか

翻訳
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今回は、ニューラル機械翻訳(以下「NMT」)の発展によって、産業翻訳業界の関係者たちがどのような便益を受けるのか、または受けないのかを考察していきます。

最後には、機械翻訳のポストエディット(以下「MTPE」)に対する私の思いを書きたいと思います。

NMTの便益はどこへ向かうか

本考察では、以下の産業翻訳業界の関係者を視野に入れました。

  • NMT開発元・・・NMTエンジンを開発および翻訳サービスを提供している企業(例:株式会社ロゼッタ株式会社みらい翻訳株式会社ヒューマンサイエンス等)
  • 翻訳発注元・・・企業活動に翻訳を必要とし外注している一般企業
  • エンドユーザー・・・翻訳物を実際に利用する人(翻訳発注元は除く)
  • 翻訳会社・・・翻訳サービスを提供する企業(NMT開発元は除く)
  • 翻訳者・・・実際に翻訳を行っているフリーランス翻訳者(社内翻訳者は除く)

そして、この5つの関係者が受けるNMTの便益の内容を以下のようにまとめました。

注意:この考察は、私の社内翻訳校閲者としての経験とネットリサーチ(参考元は、記事の一番下に記載)の結果に基づいています。

以下では、それぞれの関係者が得るであろう「便益の内容」について深堀りしていきます。

➀NMT開発元「非常に大きな便益を得る」

機械翻訳エンジンの品質やサービス料金が比較検討される時代になります。

良いエンジンを良い料金で提供できれば、機械翻訳を自社開発できない翻訳会社や翻訳発注元から、継続性のある非常に大きな収益を得ることが出来ます。

例として、株式会社ロゼッタのMTエンジンである「T-400」の売上高(2019年2月期)は、前年同期比の3倍以上になっています。((5)の5ページ目参照。9ページ目の受注高推移も興味深いです)

また、多言語音声翻訳サービスやチャットボットなどにも事業展開できます。機械翻訳サービスを使った様々な事業の将来性があるでしょう。

②翻訳発注元「大きな便益を得る」

翻訳を発注する企業は、NMTにより大きな便益を受けます。

翻訳コストの削減および納期短縮による利益はもちろんのこと、これまで翻訳できていなかった文書を翻訳することによる利益も得られるのではないかと思います。

さらに、機械翻訳エンジンが「奇怪翻訳(誤訳)」をした場合にも、クリエイティブな思考があれば利益につなげることができます。例: 「堺筋線(サカイマッスル線)」のグッズが登場

ただし、NMTの利用にあたり、これまで関係を持っていた翻訳会社との手続きや、良質な機械翻訳サービスを探し出すのに初期コストがかかるかもしれません。

③エンドユーザー「非常に大きな便益を得る」

翻訳物を利用する人たちにとっては、機械翻訳は生活を豊かにしてくれるツールになるかと思います。

まず、日本人の誰もがこれまで知ることのできなかった海外の情報を瞬時に得られるようになります。そしてこの情報をなんらかの利益に繋げることができます。

また、日本語で書いた自分の意見を、機械翻訳して世界各国に一瞬で伝えることもできそうです。

他にも、接客業務のあるお店で多言語音声翻訳サービスを導入すれば、これまで上手にコミュニケーションを取れていなかった外国のお客さんに、良質な「おもてなし」をできるようになるかもしれません。

このように、エンドユーザーにはアイデア次第で多様な利益獲得の可能性があります。

④翻訳会社「どちらも考えられる」

翻訳会社はどうでしょうか。ここから、場合によっては不利益をこうむる人々が現れるように思います。

まず、機械翻訳サービスを上手に導入できない会社は、発注が少なくなり収益が下がる可能性があります。

反対に、上手に機械翻訳サービスを導入できる会社は、収益を伸ばすことができます。

「ポストエディットのお願い」をどうするか

しかし、この「機械翻訳サービスの導入」は難しそうです。

まず、機械翻訳エンジンを自社開発するか、開発元のエンジンを利用していくか大きな選択を迫られます。また、MTPEのプロセス構築もしなければなりません。品質のレベルについても決定する必要があるでしょう。

そして、これまで翻訳業務をお願いしてきたフリーランス翻訳者に「ポストエディットのお願い」をしなければなりません。これはすごく大変なことだと感じます。

ポストエディットというお仕事(作業内容や品質)を理解していただくことと、レートを下げる必要があることを、しっかりと説明する必要があります。

どのように伝えればいいのでしょうか。私は簡単に「レートは半分になりますが、ポストエディットの速度を二倍以上にあげれば利益はあがります」などとは言えないと思います。

少なくとも、倍速修正できるほど機械翻訳の品質が向上したと確信できるまではこういったことは言ってはならないと思います。

⑤翻訳者「どちらも考えられるが…」

さて、翻訳者はNMTにより利益をこうむるのでしょうか。

基本的には、機械翻訳が得意とする分野を専門とする翻訳者はポストエディット(PE)を強いられます。しかし、PEは翻訳とは全く異なるお仕事です。

以下では、PEを行っていくと決意した方々がこうむるであろう利益と不利益をまとめます。

ポストエディットの利益

ポストエディットの利益は、以下のように2つあげることができました。

  • エンジンの品質が良ければ、倍速PEが可能になり、収益が上がる
  • これまで対応できなかったような分野の案件や大規模案件の対応が可能になり収益があがる

しかし、不確定要素が多く、この利益が本当に達成されるのかは不明です。

ポストエディットの不利益

反対にポストエディットには、以下のように3つの不利益があると思っています。

  • PEの効率を上げなければならない→精神的な負担になる
  • NMTの悪い翻訳を見ることで、自分の日本語の能力が下がる
  • 翻訳をゼロから作り上げるといった創作の喜びはなくなる

あまり語られていないのが三つ目の「創作の喜びを奪う」という点です。

PEに創作の喜びはあるか

翻訳は、何もないところから言葉を紡いでこそ一つの作品になると思います。きっと芸術と同じで、創作できたことが個人の喜びになると思うのです。

ポストエディットはどうでしょうか。MTを修正した文章に対して胸を張って「私が翻訳しました」とは言えなくなくなります。機械の作品に手を入れる作業。これを本当に楽しいと思えるのでしょうか。

近年のAIによる無駄をなくす活動は結構なことですが、ポストエディットは翻訳の創作する楽しさを無視しているように思います。

以上がNMTが社会にもたらす便益の考察でした。

社会全体を見渡すと、なんだか翻訳者に多くの不利益がのしかかっているように思えます。これはしょうがないことなのでしょうか。

功利主義では、少数派の意見は尊重されない

技術発展においては、その恩恵を受けて幸せになる者と、そのせいで不幸せになる者がいます。大抵の場合、前者は多数派、後者は少数派でしょう。

この少数派の意見はこれまでどの程度支持されてきたのでしょうか。

私は、技術革新は多数派の幸福を尊重するが、少数派の不幸は尊重しないと感じています。

確かに、NMTが社会全体にもたらす幸福は多大なものです。

しかし、「社会全体の幸福のために、ポストエディットをしてください」といったような考え方では翻訳者の意見は尊重されません。

実際、NMTの開発元や翻訳の発注企業、翻訳会社、さらには一般の方々に、ポストエディットを強いられている翻訳者の本当の思いは届いていますか。

功利主義では、フリーランス翻訳者がこうむるであろうポストエディットの不利益は、社会全体の幸福のためにないがしろになってしまうのです。

私はNMTという社会全体を豊かにする技術革新には賛成ですが、フリーランス翻訳者も含めたすべての人々が同等に幸せを感じられるような社会になって欲しいと願っています。

具体的には、ポストエディットだからといって翻訳料金を安易に下げないことです。

フリーランス翻訳者の方々はすでに一杯一杯の方が多いように思うので、ポストエディット化が最後の一撃にならないことを切に願います。

お忙しいなかお読みいただきどうもありがとございました。

参考資料

(1)ニューラル機械翻訳の商用利用に関する一考察

(2)AI翻訳「人間超え」へ 技術が急発展

(3)10年後の仕事図 新たに始まる世界で君はどう生きるか

(4) 株式会社ロゼッタ:2020年2月期第1四半期の連結業績

(5)株式会社ロゼッタ:2019年2学期業績説明資料

(6) MTPEをどう捉えるのか? – 「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」を終えて

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